いつも自分を評価して生きる

いつも自分を評価して生きる

私は「自己採点」して生きている。

自分が落第生になることはとてもつらい。

仕事が遅くなって、日記を書き上げたのが、午前三時

になっても、朝の読経後に朝食をとって、次の仕事の

「ペット葬」まで30分あると、20分は眠る。

18歳のペット(真っ白のきれいな犬、10キロ)人だと

100歳は超えている。

「別れがつらいから、もう飼いません」と御夫人はおっしゃい

ました。

おそらく、子どもさんたちも立派に育っておられると想像する。

当寺を頼りに来ていただくので、私は安堵している。

 

002「ペット葬」でいただいたお礼のお金が、生活費には

使っていない。次の代の和尚が、寺のためか、困ったときは

生活費になるのかわからない。

副住職とふたりで「鹿島市」の「耕月寺」の施餓鬼に出かける。

010ふたりで出かけると、色々の会話が生まれる。

食事をいただいた後、午後1時から「施餓鬼」である。

008ひとつひとつの食材が生きていた。

011午後からの施餓鬼は、今日は暑かった。

009当寺の「地蔵様方」も、このようにかこってあげたいと思う。

012夕方から「初七日」に副住職と出かける。

一日「悪いことをやめると、常によい得点を自分に

与えられる。」

「善因善果」「悪因惡果」という。

仏教の説く「善いことをすれば善い報いがあり、善いところに

生まれる」という輪廻の考え、物理的な法則とは考えにくいが、

「人間の拠るべき道筋」として認められると思った。

非常に数の少ない寒蘭「京の夢」に新芽が伸びている。

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